東南アジア旅行記 Day 12 好事成双(終)

@マレーシア・マラッカ


やはり、南国の子は人懐っこい。

私と目が合うと、駆け寄ってきて頬を寄せてくる。柔らかく、ふわっとした感触を受けて、身体中の力が抜ける。男子たるもの、こうなるともう受け入れるしかない。私は、ゲストハウスの看板娘である彼女の愛くるしさに負けて、マレーシア、いや、東南アジア最後の日なのに、思わず小一時間を溶かしてしまった。彼女は魅力的だ。思うに、客入りに困っている露店などは、歩行者に闇雲に声をかけて客引きをするより、軒先で彼女らを飼っていた方がよっぽど効果的なのではないか。

というわけで、マラッカの観光には午後から向かうことにして、午前中はそのまま猫とじゃれて遊んだ。このように、時間や予定などにまったく縛られないのが、ひとり旅の大きな強みだ。看板「猫」と戯れながら、ゲストハウスの住人と話している時に、マラッカには「ババ・ニョニャ」と呼ばれる民族が存在することを教えてもらった。ババ・ニョニャとは、中国大陸の血を引きながら、マレー半島の文化をうまく生活に取り込んだ「海峡に住む中国人」とも呼ばれる貴族階級のことである。私が宿泊していたゲストハウスも伝統的なババ・ニョニャ様式であり、より本格的なものが見たいなら博物館があるから行くといい、とのことだった。


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マラッカ観光の中心地・オランダ広場からわずか数分で『ババ・ニョニャ博物館』に到着した。街がコンパクトにまとまっているため、観光のほとんどを徒歩で済ませることができそうなのは、お金の無いバックパッカーにはありがたい。

さて、ババ・ニョニャ博物館は博物館の名を冠してはいるが、実際には、内覧用に保護・開放された当時の貴族家系の邸宅である。なので、モデル・ルームを見るときのように、「もし私が住んだら、どんな生活になるだろう。」と想像しながら館内を物色してみると面白い。この部屋は作業に向いていそうだな、この階段は子どもには危なそうだな、などと見ていく間に、あることに気付いた。館内にある家具や食器など、すべて偶数個なのである。しかも、それらは必ず左右対称に配置されている。マラッカの混沌とした街並みと裏腹に、やけに秩序立ったインテリアはどうしてだろうか?―――黙考していると、館内の案内人と思しき初老の女性がうろついていた。やはり、わからないことがあれば、考えるよりも聞いた方が確実だろうか。

「シンメトリーにはどういう意味があるのですか?」

私がそう尋ねてみると、彼女は、「中国の文化では、偶数は縁起がいいのです。」と言った。私は、「そうなんですね。」と返しながら、そう言われても、どうしてまた奇数ではなく偶数の方が縁起がいいのだろう、というのが気になってしまい、釈然としない顔をしていると、続けて『Good things come in pairs』という言葉を教えてくれた。後で検索してみると、これは好事成双(よいことは対になる)という中国のことわざらしい。それを言われたところで偶数がチャイニーズラッキーナンバーたる所以はわからなかったが、この言葉はすこし気に入った。

ちなみに、といった調子で、彼女は私を奥の部屋に案内してくれた。後ろについて入ってみると、線香や壺などが飾られていて、葬儀用の部屋のようである。彼女が、「それぞれの道具はいくつありますか?」と言うので、指を指しながらいち、にい、と数えてみると、おや、ああ、なるほど。葬式のための道具にかんしては、全て奇数でなければならないらしい。


他にもいくつか寺社仏閣やカフェなどを観光して、夕暮れ前にマラッカの海辺へ向かった。目的は、海に浮かぶイスラム教寺院、マラッカ海峡モスクである。願わくば、「世界三大夕日」と言われるマラッカの夕日を背にしたモスクを、この目に収めたい。

モスクに入ろうとすると、受付の女性に"No"と言われた。私の膝下あたりを指差して、首を横に振っている。ああ、この手の宗教施設には、肌を露出していると入堂できないのを忘れていた。彼女は、しかし、公衆トイレの方を指差している。よくわからないが、「あそこのトイレに行け」的なことを言っている。

わけもわからないまま公衆トイレに向かってみると、クローゼットが備え付けられており、丈の長いローブがいくつかあった。なるほどこれを着ろということだったのか。ひとつ手にとって、広げたりひっくり返したりしてみる。しかしどうも着衣方法がわからない。私がしどろもどろしていると、マレー人風の男性が私に近寄ってきて、こうやるんだよと袖を通してくれた。ありがたい。いつも、誰かに助けられている気がする。

さて、無事にモスクにも入堂できた。あとは、夕日を待つだけ。海辺に、モスクと水平線とが見晴らせるいい場所があった。のんびり座って待つ。海峡から吹く海風が潮のかおりを運んできて、たまにあたる水しぶきが心地いい。クラシック・ギターで弾き語りをするマレー人の3人組や、サングラスをかけたヨーロッパ人風のカップル、中国・韓国・日本からのツアー客などが海辺に等間隔に座っていく。モスクが、徐々に朱色に染まっていく。砂に文字を書いている子どもも、その子を少し離れたところから見守る老夫婦も、少しずつその色に交わって、赤くなっていく。

悪くない。心地よくないはずは、ない。しかし、彼らの幸せそうな笑顔を見ながら、私は、いつの間にか腕を組んでいた。マラッカの美しい夕日が、水平線からこちらまで一筋に照らしているのを眺めながら、私はどうしてひとりでいるのだろう、と考えていた。


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そして、東南アジアでの最後の夜がやってきた。これまで、タイのバンコクから鉄道でハジャイへ向かい、そこからバスでマレーシアとの国境を越えて、マラッカまで南下してきた。この旅もとうとう終わる。こういうセンチメンタルな気分の時は、音楽を聴くに限る。私は、お昼から目をつけていたブルース・バー『ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ』に向かった。

このバーは、中国系のご主人に、ポルトガル系のご婦人の夫婦で経営しているという。マラッカらしい組み合わせだ、と思った。店内では、『ルート66』『スウィート・ホーム・シカゴ』などブルースのスタンダード・チューンがひっきりなしにかかっている。ひとりでしっぽり、と思いカウンターでギネスを頼んで飲もうとしていると、3つ隣の席に座っていたインド系の中年男性が手元にあったグラスをかかげて、「乾杯」のポーズをした。こちらも、「乾杯」と返して、ふたりしてゴクリと飲む。なんだか、飲み干してしまうのがもったいない気がしてくる。私は最後のビールの味を噛み締めて、グラスをテーブルにコトン、と置いた。

「なんでひとりで飲んでるんだ、こっちに来いよ。」

ひとりでしっぽり、とはならなかった。ジョージと名乗るその陽気なインド人は、私がどうしてひとりで居るのか気になる様子だった。ひとりで旅に出るのを思いついて、すぐ片道切符を買って、気付いたらここまで来ていた、ということを伝えても、やはりひとりで旅に出る、ということが解さない様子だった。

「だって、友だちと来た方が楽しいだろう?」

「ひとりも悪くないですよ。好きなところに行けるから。」

そう言ったあとに、もっと、たくさんあると思った。日本社会から文字通り離れることで、日本的な価値観であったり、生き方であったりを冷静に客観視できる。普段ならまわりの目を気にしてしまって出来ないことも、ほんのちょっとの勇気で挑戦できる。そして、必然的にひとりになる時間に、これまでの自分を反芻する。むしろ、そういった精神的な旅に出ていた時間の方が長かったのかもしれない。

私はジョージに、これまでの旅の話をした。バンコクで旧友と再会した話をすると「おいおい、奇跡じゃないか!」、クアラルンプールで唾をかけられた話をすると「俺がそばに居たらぶんなぐってやるのに!」などと、ひとつひとつ感情豊かに反応をしてくれるのが楽しくなって、ついつい話し込んでしまった。

「次は、友だちと一緒においでよ。みんなでパーティしよう!」

「じゃあ、100人くらい連れてくるよ?」

「そりゃ、多ければ多いほうが楽しい。」

そういうものだろうか。私には、その言葉は妙に印象的だった。


この旅を通して、たくさんの新しい自分と出会い、たくさんのこれまでの自分にも再会できた。それはもちろん、たくさんの人と出会い、たくさんの人と再会できたからだ。『好事成双』は、素敵な仲間を見つけること、なのかもしれない。

次の目的地は、台湾・桃園国際空港。

また、新しい出会いがあることを楽しみに。(終)

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