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Day 7 私たちは、人を変えることはできません。

@マレーシア・ペナン


汗臭くなった衣類をコイン・ランドリーにかけながら、『Mug Shot Cafe』で旅行記を一筆書いた。 愛想のいい店員にサーブされたアイス・カプチーノにベーグルが付いて、これ以上心地よい朝食があるだろうか?

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さて、どこへ行こう。ホステルで頂戴したマップを眺めると、ストリート・アート、ビーチ、植物園、寺社仏閣、カフェ、パブ―――ペナンでは、石を投げれば観光地に当たるようだ。風まかせに進めばいいと踏んだ私は、チュリア通りのレンタカーでモーター・サイクルを借りて島を回遊することにした。

一応、日本の運転免許証の提示を求められたが、ほとんど大した手続きもなく、スクーターを借りることができた。お天気がよろしいので、まずはビーチを目指そう。とはいえ、2輪は殆ど運転経験が無いため、まずはジョージ・タウンでしばらく運転してみることにした。

さし当たって、前方を走っていたバイクの後ろについていく。すると、私は今、一方通行の道路を逆走している。これは、どういうことだろうか。動揺していると、先のバイクは対向車をすいすいと避けながら、彼方に消え去ってしまった。

私は、ペナンの交通事情を甘くみていた。とにもかくにも、この状況から脱せねばならない。スクーターを止めてキョロキョロしていると、なぜか背後からクラクションが鳴った。後方から中型バイクが1台、ほとんど対向車をすれすれのところを攻めながら風を切って抜き去っていった。こいつもか。一方の私は、臆病風を吹かしていた。

一方通行を脱出したあとも、ほとんどマリオ・カート同然の悪魔的運転にはしばしば悩まされた。しかし1時間ほどもジョージ・タウンを回走していると、ある程度のコツが掴めてきた。そろそろ、ペナン・ドライブを楽しめるはずだ。大丈夫、ビーチへ向かおう。

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『バトゥ・フェリンギ・ビーチ』の標識だけを頼りに、海辺へ。海岸が近付いてくると、道も広くなり交通量も減ったため、小気味よく走行できた。よし、このまま、とスピードを出していくとーーーチュルルル、と音がした。左側のサイドミラーが180度回転している。はあ、畜生。手で強引に回せば元に戻ったが、サイドミラーはその後も定期的に、対向車に目潰しを食らわせる魔のアイテムと化すことになる。

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バトゥ・フェリンギ・ビーチはたしかにそれなりに美しいビーチだったが、数十分も佇んでいたら、満足してしまった。男性のひとり旅には大して向かない場所なのかもしれない。ふうむ、どうしようか。そういえば、昨日、松山と一緒に居た現地人が『極楽寺(Kek Lok Si)』という寺院に訪れるよう勧めていた。ならば、と私が背を向けて歩き始めると、波音はあっさりフェード・アウトした。


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小高い丘に聳え立つマレーシア最大の寺院・極楽寺に向かって走り始めると、その麓に30分ほどで到着した。中心の仏塔は、下層が中国式、中層がタイ式、上層がビルマ式、という文化が同居した風変わりな構造をしている。さあ、どうせなら、てっぺんまで登ろう。そう決めて、入山した。ほどなくして本殿にたどり着くと、坊主が経典を唱えている。そこでは、観光客と見受けられる女性が、対座してお祈りをしていた。

女性を注意深く観察していると、日本式の御参りとも、タイでBellaに教わったお祈りとも、やや異なって見える。職員の女性に「あれはどうやっているのですか」と尋ねてみると、彼女は読んでいた教典をゆっくりと閉じて、こちらを見やり、口を開いた。

「まず、膝を付きます。」

私は、はい、と言いながら紙と鉛筆を取り出して、彼女の言葉を書き留め始めた。

「合掌を作り、こうべを垂れて、手で三角形を作りながら、また顔を上げます。そして三回、座礼を行います。顔を上げる前に、手のひらを表に返して、願掛けを行ってください。それでまた、最初の礼を繰り返して、終わりです。」

簡単に、『礼(合掌→三角)・座礼×3(裏→表)・礼(合掌→三角)』などと記して、質問した。

「手の三角形はどういう意味ですか?」

「三角形は、左目、右目、そして第三の目を表します。私たちが両眼で見ているものは、真理ではありません。本当の智慧は、ここにあるのです。」

と言いながら、額の中心あたりを指差している。

「たとえば、どういうことを祈るのですか?」

「美人になりたいとか、有名になりたいとか、物質的なものは祈りません。仏道を成ずるために行います。私たちは、人を変えることはできませんが、仏陀が拓いた道を辿っていくことで、自分は変えられるのです。ところで――」

そう言いながら、彼女は私が取っていたメモの上に手をかざした。

「書き記すのを、やめて下さい。聞かれたから答えましたが、私はまだ、仏道の100%の理解者ではありません。誤った知識を信じたり、あるいは人に説いたりしないことです。本当に知りたいなら、教典をあたると良いでしょう。」

思わず、背筋が伸びた。あるいは私は、彼女に質問をすることで、仏道を理解したつもりになろうとしていたのかもしれない。浅はかな考えを見破られたような気持ちになると同時に、仏教思想というものに改めて強い興味を惹かれた。

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極楽寺の頂上には、高さ30mにも及ぶ観音菩薩が佇立していた。私はある種の諦念にも似た感情を覚えながら、呆然と立ち尽くしてしまった。

下山した後もしばらく、経典を唱える声が耳から離れなかった。