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Day 4 キム・ジョンイルはお好きですか?

@タイ・バンコク


昨日は夜が明けるまで酒を飲んでいたので、昼前まで泥のように寝た。朝起きてバッグを開けてみると、既にこれから着る服が無くなってしまっていた。洗濯洗剤を買って服を手洗いして、干したのだが、今日に限ってなかなか陽がでない。仕方なく、昼下がりまでホステルで立ち往生することになった。

私が泊まったホステルは、ロング・ラック・ホステルという日本人宿だ。ホステルの居間に置かれていたアコースティック・ギターを弾きながら、日本人の宿泊客が話しているのに耳をすましていると、どこそこに行く時にこうやって行くと安かった、このお店が美味しかった、など採れたてホヤホヤの情報が勝手に入って来る。書棚に「地球の歩き方」が並べられていたが、対面で聞く口コミには到底敵わない。ここに来る前から、東南アジアを周遊して帰って来た友人に「東南アジアの知識が無いなら、情報収集のため日本人宿に泊まるといい」と言われていたが、なるほど。

旅先で撮った写真を売りながら生活、自転車で世界を1周、あるいは、学部生のグループ旅行。さまざまなバックグラウンドの日本人が居間で垣根のない歓談に興じていた。私はすっかりひとり旅に慣れてしまっていたようで、耳に心地の良い日本語はかえってむず痒く聞こえる。その時、「ギター、上手ですね。」と控えめに話しかけてくる女性がいた。関西の大学生で、東南アジアをひとり旅しているという。私は邪気が身体から滲み出ているため、人から話しかけられることが比較的少ない。なので、関心を持ってくれたことにすこし驚いた。旅先ならでは、ということだろうか。

「これから、どうされるんですか?」

そろそろバンコクを出よう、と考えていた。次は、カンボジアのアンコール・ワットに行こうか、マレー半島を南下しようか?どうも、アンコール・ワットに気が乗らない。それは、2日連続のワット(寺院)巡りで、やや「ワット飽き」してきたからだった。

「マレー半島を南下します。あなたは?」

「私は、シェムリアップに。この旅で、世界遺産を5つ見てきます。」

タイからシンガポールまで縦断するマレー鉄道が走っている、と聞いてチケットを調べたが、ペナンまで行けるのはお昼発の1本のみ。これにはもう間に合わない。諦めざるを得なかった。航空券は高いのと食指が動かなかったため、明日鉄道に乗るためバンコクにもう1泊することにした。バックパッカーの聖地、カオサンの周辺はそろそろ充分だろう。バンコクの中心地にホテルを取ろう。宿主に簡単な挨拶を済ませ、ロング・ラックを発った。


「北朝鮮レストランに行ってみませんか?」

誘ってきたのは、ロング・ラックで出会った18歳の青年・レオである。タイは日本と異なり北朝鮮と外交があるため、「平壌」などと表記されたレストランがちらほら存在する。レオは、筋金入りの旅人だ。渡航先でのエピソードは、山で遭難して野宿したり、警察に拘留されたり、高山で意識を失いかけたり、笑える話から笑えない話まで枚挙にいとまがない。現在は、旅先で撮った写真を売ることで生計を立てているらしい。それでいて、わずか18歳というのだから信じられない。彼の、トラブルを引き寄せる力を察知して、晩食の誘いに快諾した。

「Pyonyang Okryu Restaurant」に入店して、思わず彼と目を見合わせた。すらっと伸びた手足、引き締まった腰回り、丁寧に施された化粧。女性の店員が、ファッション・モデルのようなスタイルをした美女だったのである。私たちのためにテーブルを拭く所作もしなやかだ。レオが「北朝鮮人か」と尋ねると、ここに居るのは全員そうだ、と言う。期待を良い意味で裏切られた。

私たちが日本人であることはすぐに見破られた。こちらが「おキレイですね」と声をかけると、はにかみながら「カワイイ、って言葉は知ってるよ。」と返された。英語も喋れるし、日本語も少しは知っているらしい。彼女たちはどういう因果でここで働いているのだろう。これまで、どういう教育を受けてきたのだろう。邪推が留めなく流れた。

注文したのは、何野菜か不明だがほどよい辛さの「平壌キムチ」、何肉か不明だが真っ黒でジューシーな「平壌ソーセージ」、何貝か不明だがにんにくが効いて美味い「貝のガーリック焼き」など、初めて食べるのかどうかもわからない料理ばかりだったが、これらが想像以上に美味しかった。しかし、このお金がミサイル開発に充てられることを思うと、複雑な気持ちにもなる。

SINGHAを飲んで顔を赤くしたレオが、店員に「キム・ジョンイルは好きですか?」と尋ねた。おいおい、と思ったが返ってきた言葉は、「平壌はわかる?」だった。続けて「日本は好きですか?」と質問すると、「日本、なぜ、好き?」と返された。おかしい。会話が要領を得ない。私はレオにやめとけ、と目で合図を送った。

しかし最後は、いつも好奇心が勝つ。私もどうしても聞きたくなって、会計時に別の店員に声をかけて聞いてみた。

「なぜ、ここで働いているんですか?」

「ビジネスよ。」

「それはわかってるけど、キッカケは?」

「自分で、そう選んだのよ。」

それ以上、質問を続けることができなかった。

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(ちなみに、店内の写真・動画の撮影は禁止されていた。)


ひとり、宿に戻ると、バンコクで最も有名なルーフ・トップ・バーが徒歩圏内にあることがわかり、足を運んだ。ここは、ドレス・コードさえ通れば無料で入ることができる。

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この美しい夜景の中には、あのカフェラテ・リバーも流れているのだが、夜が街をモノクロに蓋をしているため、まるで美しく清冽な川のような錯覚を起こさせる。いやに心地よい夜風に吹かれながら、これ以上バンコクに居てはいけない、と感じ始めた。