東南アジア旅行記 Day 2 「カ〜ンブリア〜!」

@タイ・バンコク


深夜、やっとの思いで眠りについたところで、ピカッと光って、すぐに轟音が響いた。かなり近いところに落ちたようだ。じきにバケツをひっくり返したような雨が降ってきて、部屋のシャワーもこれくらい出ればいいのに、と思った。

翌朝、スコールが過ぎたあとのバンコクの空は、目が覚めるように青かった。

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すっかり上機嫌になった私は、ベッドから飛び起きて、まずはワット・ポーで寝釈迦像を拝むと決めた。荷造りをしてカバンを持ったときに、これからまたホテルを探す手間がかかることに気が付いたのだが、こんな天気の良い日に宿を探して歩き回っているようではもったいない。私は受付で300バーツを手渡して「もう1泊したい」と告げると、ホテルの前に着けていたトゥクトゥクに飛び乗った。

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寝釈迦像。「寝ながら悟りを開いた」というのは「勉強してないけど100点取った」みたいなことだろうか。堂内は厳粛な宗教施設のため肌の露出が禁止されており、長袖を着た観光客たちが汗をダラダラ流している。ほとんどサウナである。この土地は、湿度だけは手に負えないようだ。

すぐに我慢ならなくなった私は、チャオプラヤー川の対岸にあるワット・アルン(暁の塔)に向かうことにした。船着き場に向かって歩いていると、トゥクトゥク乗りに「キョート!トーキョー!」と話しかけられた。「トーキョー」と返すと、満面の笑みで「マイフレンド」と言われた。この馴れ馴れしさは日本人にはあり得ない。彼は地図に印を書きながら、バンコクは幸運のブッダを見たほうがいい、宮殿にも行った方がいい、などと行くべきスポットを事細かに説明してくれた。お約束どおり、最後に「50バーツ、トゥクトゥク、ネ」と言われたので、「ごめんなさい、大丈夫です。」と伝えると、みるみるうちに寝釈迦像のような顔になって歩み去っていった。

ここで一旦、汗を乾かすためと簡単な食事を摂るため、川のほとりのカフェに入った。

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カフェラテを飲んでいると、ピコーンと音がした。Facebookのメッセージだ。

「ね、ランチ行かない?友だちも連れて行くから。」

送り主は、5年ほど前にオンラインの語学学習サービスで一緒に英語を勉強していたタイ人の女性Bellaだった。バンコクへ行く、という私のFacebookポストを見て連絡してくれたらしい。ワット・アルンに行った後の予定を何一つ決めていなかったし、心配のない相手だったため、ふたつ返事で承諾した。

そして、川を渡った。ワット・アルンは、私にはやや観光地化し過ぎている印象を与えたが、道中は存外に風情があった。

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もっと地元で、田舎臭い町並みを覗きたい。さらに市街地から離れたところに足を運ぶことにした。

これが、たまらなく、いい。その地に生まれ育った人びとの暮らしぶりが戸口から垣間見えて、妙なノスタルジーを感じさせる。しかし、ふと気づくと、Bellaとの約束の時間が近付いてきていた。しまった。集合場所の名前はわかるが、Wi-fiが無い。大通りに出て、急いでタクシーを止めた。

ドライバーに窓ごしで目的地を告げると、「カ〜ンブリア〜!カ〜ンブリア〜!」と叫ばれた。さっぱり理解できなかったが、どことなく"Come here !“と言っているようにも聞こえたので、タクシーに乗り込んでみた。しかし、シートに座ってもまだ「カ〜ンブリア〜!カ〜ンブリア〜!」と言っている。どういうことだろうか。私も「カンブリア!カンブリア!」と繰り返してみたが、状況は変わらない。

何とかして説明してみるが、英語がわからないようだ。これは弱った。タイ語での地名は通信環境が無いため調べられない。困った素振りをしていると、ドライバーが私に携帯電話を手渡した。耳に当ててみると、女性の声で"May I help you ?“と聞こえた。システムが不明だが、ここに話せばいいらしい。どこそこへ行きたい、と伝えるとそれをタイ語で通訳してくれたようで、ドライバーはアクセルを踏んだ。

しかし、300メートルほどしか進んでいないのにも関わらず、タクシーは止まった。キョトンとした顔をしていると、30バーツを支払えと言う。抗議しようと考えたが、メーターが無情にも30バーツと表示しており、諦めた。情けなさを覚えながら降車すると、ダメ押し「カ〜ンブリア〜!」が背中越しに聞こえた。もはや嘲笑されているように聞こえる。

降りてすぐセブンイレブンがあったので尋ねてみると、目的地は川を渡った向こうらしい。渡し船に乗って降りた駅が、ちょうど集合場所だった。

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肩越しに名前を呼ばれて振り返ると、そこにタイ人の美女が2人立っていた。Bellaと、その友人である。記憶が正しければ、アラサーで既婚のはずだが、とてもそうは見えず若々しく、親近感もある。「カ〜ンブリア〜!」明けなので、会話がほとんど英語で問題がないことには安心感もあった。ホッとした。タイ料理店に入り、豚足・タイ風オムレツ・トムヤムクンを注文して、3人でつついた。

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「そういえば、『エメラルド仏』はもう見た?」

「何、それ?」

「あれ?もしまだ行っていないなら案内するよ」

旅は道連れ。というわけで、ここから心強い仲間が2人増えた。

3人で『エメラルド仏』に向かって歩いていくと、中国からのツアー客が増えてきた。そこで、「中国人っていつも怒ってるみたいで面白いよね」という話になった。中国語に比べると、タイ語は日本語に似て語気が柔らかいため、同じ印象を抱くのだろう。それ以来、中国人が話しているのを聞くたびに3人で笑うことになった。

『エメラルド仏』を見終わって午後3時を回ったところで、「コーヒーでも飲みたい」と伝えると、2人が怪訝な顔をした。

「日本人は、午後にもコーヒーを飲むの?」

聞いてみると、ほとんどのタイ人は朝にしかコーヒーを飲まないようだ。タイ人の仕事場は、9時ごろに出社で、4時半くらいには仕事が終わるらしいと聞いて、なるほど、午後のコーヒーが必要ないのも納得できる。

あ、そういえば、と切り出して、「カ〜ンブリア〜!」の意味を尋ねてみた。

「それ、"Khan Ruea"だよ。川の向こう岸、って意味」

船着き場まですぐだから歩いた方がいい、という主旨だったらしい。