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パリはおしゃれの季語である

ちょうど2年前の3月の日記を見返すと、こんな一文があった。

2015年3月23日

夜のパリを走った。

そんなことあったっけ、なんだったかなあ、と考えあぐねていたが、こないだふと思い出した。


そのころ、パリに旅行に行った。

1週間のひとり旅で、予定は何もなし。

初日にふらっと訪れたモンマルトルの丘がお気に入りだった。

モンマルトルは芸術家が集まる丘として知られており、街歩きが面白い。

石畳の坂道に沿って立ち並んだ民家に、窓枠に腰掛けてキャンバスに筆を走らせる人がいる。

広場の端っこに、ジャンゴ・ラインハルトさながらのジプシー・ジャズギターを演奏する人がいる。

そんな絵画の中のような雰囲気がいっぱいに満ちており、足が棒になるまで歩き回ってもてんで飽きない。

その日は、モンマルトルの丘のふもとにある小さなジャズバーに入ることにした。


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パリのジャズバーは、ワインやチーズの貯蔵用の地下倉庫を改造してできていることが多い。

なので、壁から天井まですべて石造り。

天井はトンネルのようなアーチを描いていて、隠れ家のような雰囲気だ。

ハイネケンを片手に席に着くと、横に座っていたレバノン人の男性が話しかけてきた。

日本人だ、と言うと、「昔から日本が好きでね」と言う。

数学をやっている、と言うと、「学生時代は科学者に憧れていてね」と言う。

ジャズが好きだ、と言うと、「アメリカにいた時はブルーズをよく聴いていてね」と言う。

妙に気が合い話に花を咲かせていると、いつの間にか目の前に次々とお酒が運ばれてきていた。

彼が「今日は僕のおごりだ」と言っていたので飲み進めていたが、

数瓶開けたところで、無事にホステルに帰れるか不安になってきた。

もう帰ると伝えると、「同じ方向だから」と着いてきた。


店を出て、駅の方角を調べようとしていると、「駅はこっちだ」と案内してくれた。

のこのこと着いていくと、ひと気のないケバブ屋の前で彼の足が止まった。

おや?と思っていると、彼が「ケバブ食うか?」と言いながら、店に引き込んできた。

誰も居ない店内に一歩足を踏み入れた、そのときのことである。

店の奥の、煙に満ちた不思議な暗がりに、アラブ系の男性がうようよいるのを見つけてしまった。

人数にして少なくとも10〜15人は居ただろうか。

一瞬でなにか危ない気配を感じた僕は、 すぐに店を飛び出した。

そして、夜のパリを走った。


後ろは振り返っていないのでわからない。

ひとしきり走ったあとに、街の人に駅の方角を聞き、最寄りだったはずの駅とは2つずれた駅で、ようやく電車に乗り込めた、という普通にただの怖い話だった。

夜の街を逃げ走っただけだが、「パリである」というその1点で、まるで洋小説のような妙なおしゃれさがある。

パリはおしゃれの季語なのである。

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ハッとして、グッとくる

「ハッとして、グッとくる」は、「優れたアイデアはどういうものか?」という問いに対するひとつの答えである。「ハッ」として心が動き、「グッ」と身体を動かそうと思える、ということを意味している。たとえば、手段に新奇性があり「ハッ」として、目的が普遍的なので「グッ」とくる、などの例があげられる。これは、本稿で紹介する日系の広告会社のインターンで耳にしてビビっときた言葉のひとつで、アイデアを考えるときの標語として頭に入れている。


さて、昨年のクリスマス・イブに、それまで参加したすべてのインターンを振り返る記事を投稿した。

ekanoh.hatenadiary.com

この記事によれば、自分は、

  • 「傾聴力の高い人たちとの議論」を通して、
  • 「ユーザーのニーズと課題を抽出」し、
  • 「テクノロジーを使ったアイデアで解決」

することが楽しいと思える、ということが書いてある。

1月からはこの3つの要素を軸にして選考を受け、さらに以下の短期インターンに参加した。

  • 日系広告の会社で、新規事業立案・プロトタイプ開発
  • 日系Web系の会社で、データ解析業務
  • 日系教育系の会社で、新規アプリ立案・開発

3月1日になり就活が解禁したこともあり、これらのインターンについても感じたことを振り返りたいと思う。

自分の武器で戦っていく

2017年の最初の短期インターンは、広告の会社で、テクノロジーとアイデアをテーマに新規プロダクトを開発するものだった。期待どおり、上記の3つの要素を満たしており、満足度がとても高かった。プロトタイピングが要求されていたので、Arduinoというマイコンボードを使った電子工作にも恐る恐る初挑戦。Pythonと連携することである程度の実装ができたことは嬉しい誤算だった。徹夜に徹夜を重ね、妙な結束力が生まれたことは言うまでもない。

あまりにも優秀な講師陣や、協業した学生の個々の能力の高さには畏怖さえ覚えたが、自分が優秀だと感じた人たちに共通していた資質は、「言葉の緻密さ」と「鋭い洞察力」だった。容易に意図を汲むことができる磨き抜かれた言葉と、なかなか気付きにくい本質を捉えた洞察には何度も舌を巻いた。

「自分の手で作った武器で戦えるようになれば、世界は怖くなくなります。」という言葉は、そんな優秀なメンターのひとりから頂いた。インターン最終日の飲み会の場で、「あなたは器用だから、上滑りしないようにね」と言われ、「どうすれば上滑りしないですか」と浅はかにも返したところ、しばらくしてそう答えていただいた。

まだ「手ごたえのあるもの」を手に入れていない不安に「ハッ」とし、武器を作ろう、と「グッ」ときた。

チームで学習していく

次に参加したインターンは、Webサービスに主軸をおく会社で、データ分析(統計解析および機械学習)をする専門職寄りのものだった。しかし、ユーザーの課題に対して仮説を立て、データ分析により検証し、機械学習によってロジックを組む、という工程は『機械学習を使う』という制限以外においては、3つの要素を満たしておりこちらも満足度が高かった。院生ばかりのメンバーだったこともあり、自分が参加するインターンでは珍しく理系的/学術的な話ができたことも新鮮だった。

一方で、これまで「機械学習の実装は楽しい」と思っていた自分だったが、「機械学習」にこだわる理由を必ずしも強く感じなかった。データ分析も、あくまで仮説を見つけたり、施策を実行に移す後ろ盾として使うものだという認識であったことを、作業をしながら感じた。つまり、書くのに慣れたコードをスラスラ書いていくのが楽しいのは普遍的な満足感であり、データ分析や機械学習に限った話ではない、ということだ。

このインターンでの大きな反省は、チームでの学習が効率化できなかったことである。抽象的な議論を長く続けると脳が疲れるばかりで、かといって無闇に具体的な作業にリソースを割きすぎても非生産的なので、PDCAフローをしつこく回すことで、何某かの仮説検証から新しい知見を手に入れる。それによって、一手前とは異なるインプットから新しいアウトプットを出していく。つまり、「チームで学習していく」ことを、これからは意識していきたい。

後ろから支えるリーダーシップ

おそらく人生最後になったであろうインターンは実は2回目の参加で、教育系の会社だった。前回と同様に高い満足感を得ることができたが、少し違ったのは、各チームメンバーがそれぞれたくさんのインターンを経てきたからか、議論のスピードが早く、最終的にもおもしろいアウトプットになったことだった。

ここでは、チームメンバーからMVPをいただき、少しだけ自信になった。いつも、チームに貢献できているか、を気にしている自分にとっては、本当に嬉しい評価だった。感謝してもしきれない。

そして特に印象に残っているのは、振り返りの時間に、メンターから頂いた、「今は自信がないかもしれないが、後ろから支えるリーダーシップを取っていける人材のはずである。」というフィードバックだ。「自信がないかもしれない」と言われ「ハッ」とし、「後ろから支えるリーダーシップ」という考え方に「グッ」ときた。10社のインターンシップを経て、最後に頂いた言葉として、胸に刻んでおきたいと思う。

わくわく感はどこにあるのか

大人になると、わくわくしなくなるといいます。


どきどきしなくなっているわけではないです。

たとえば、初めてのスピーチの壇上に登る新入社員。

「覚えたとおりに喋れるかなあ」と考えています。

はらはらしなくなっているわけでもないでしょう。

客席を見渡せば、我が子の出番を見守るお母さん。

「うまくいくといいなあ」と心配しています。


ふたりとも、「期待どおりにいくかなあ」と不安に思っています。

では、わくわくするのは、どんなときでしょうか。


それは、思いがけない出会い。新しい旅にでるとき。

わくわくするのは、「期待以上のことが起きる」ときなのだと思います。

たしかに、年齢を重ねると、だいたい次に何が起きるかわかってきます。

よくいえば、年の功。

しかし悪くいえば、諦めの気持ちかもしれません。


そこで、変えることができるとすれば、どうなるか予想もできないような新しいところに飛び込むこと。

あるいは、もっと素晴らしい明日を想像し、それに近づけること。

すると、未来があなたの予想を上回ってきます。

私たちの脳は、期待を裏切られることが大好き。

なので、わくわく感はそこに向かう気持ちにのみあるのだ、と思います。