読みくる。

旅と音楽と時々読書

ナッシュビル行きのフライトで、セーヌ川を遊歩する

成田空港からアメリカ・ナッシュビルまでは、約12時間のフライトだ。

旅における移動時間は、もっとも大切にすべき時間のひとつである。なぜなら、ほとんどの場合、旅で得た経験は移動中に咀嚼されて血肉になるからだ。(というのは外向きの説明で、私自身がこのような〈ロマンチック・アイロニー〉に浸るにもってこいの時間をこよなく愛しているに過ぎないのだが。)しかしながら、極東の島国から太平洋を越えて南部アメリカを目指すともなれば、前方の座席に据え付けられたイン・フライト・メディアでエマ・ワトソンの『美女と野獣』を観て、持参した沢木耕太郎の『旅する力』を読み、続けてバーニー・ケッセルのアルバム『ティファニーで朝食を』を聴いても、まだまだ暇を持て余す。

ちょうど、エンジン音のホワイト・ノイズとわずかな機体の揺れにも慣れてきたころ、イヤホンから流れる音楽を耳に注ぎ込みながら妙な物足りなさを感じた。すこし考えてみると、これは当たり前で、まず、音楽には映画と違い視覚的な刺激が無いのだ。さらに、書籍を読むのには「自分でページをめくる」という能動的な行為が強いられるのに対して、音楽は自動的に進行していく極めて受動的な情報の摂取なのである。それゆえ、意識していなければ音楽は右から左へ流れていってしまう。

これではいけない、と私は目を閉じ、ジャズのコンピレーション・アルバムを再生した。まずは、音楽の細部にフォーカスを当ててみよう。8分音符のスウィング・リズムの揺れ方を、セクションによるハイハット・シンバルの硬質性の違いを、そして最小限の音色で演奏されるゴースト・ノートをひとつ残らず聴き取ろうとした。すこしずつ信号処理の解像度が上がってくるにつれて、脳みそのかゆいところがほぐされるような心地よい(そして、なぜだか懐かしい)感覚を覚えてきた。

よし、いい調子だ。次に、少し視点を離して、演奏されている空間を想像してみる。ヨーロッパのこじんまりとしたジャズ・ライブハウスでの録音で、白人のトランペット奏者が渋い顔をして吹いているようなアップ・タイトな雰囲気が想像できるような曲が終わり、ニューヨークのハーレムのネオンに煌々と輝く『サボイ・ボール・ルーム』で演奏しているような、陽気で開放的なビッグバンド・サウンドが入ってきた。エコノミー症候群で足元がひどく怠くなってきていたのもあったのか、その広々とした空気がいたく気に入った私は、「どんな匂いがしそうか?」「空気はどんな肌触りだろうか?」と膨らまし、音の向こう側へのさらなる同化を試みた。徐々に機内がコンサート・ホールに変わっていく。そして、ふと思いついた「もし映画なら、どういうシーンで流れそうか?」という問いを契機に、想像の跳躍をみた。ちょうど、自ら夢――寝床でみるそれでもあり、夢想でもある――に潜っていくような感覚である。

"PA IN PROGRESS" (お客様へのお知らせ)

〈4月のパリ〉のセーヌ川でエマ・ワトソンと散歩をしようとしていた私に、客室乗務員の機内アナウンスが業腹に割り行った。私の身体から遠く離れたところまで拡がりつつあった世界は、風船を割ったようにぷしゅっと萎んだ。アメリカに行こうとしているのにパリの幻影を見るなんて!と平手打ちを食らった気分だ。

ナッシュビルまで、あと3時間。「ただいま気流の悪いところを通過中です」と言われたからか、しばらくエンジン・ノイズが耳についた。

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好事成双(マレーシア・マラッカ)

やはり、南国の子は人懐っこい。

私と目が合うと、駆け寄ってきて頬を寄せてくる。柔らかく、ふわっとした感触を受けて、身体中の力が抜ける。男子たるもの、こうなるともう受け入れるしかない。私は、ゲストハウスの看板娘である彼女の愛くるしさに負けて、マレーシア、いや、東南アジア最後の日だというのに、思わず小一時間を溶かしてしまった。それほど、彼女は魅力的なのである。思うに、客入りに困っている露店商などは、歩行者に闇雲に声をかけて客引きをするよりも、軒先で彼女らを飼っている方がよほど効果的なのではないだろうか。

マラッカの観光には午後から向かうことにして、午前中はそのまま猫とじゃれて遊ぶことにした。このように、時間や予定などにまったく縛られないのが、ひとり旅の大きな強みだ。看板「猫」と戯れながら、ゲストハウスの住人と話している際に、マラッカには「ババ・ニョニャ」と呼ばれる民族が存在することを聞いた。ババ・ニョニャとは、中国大陸の血を引きながら、マレー半島の文化をうまく生活に取り込んだ「海峡に住む中国人」とも呼ばれる貴族階級のことである。私が宿泊していたゲストハウスも伝統的なババ・ニョニャ様式であり、より本格的なものが見たければ博物館があるから行くといい、とのことだった。


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マラッカ観光の中心地・オランダ広場からわずか数分で『ババ・ニョニャ博物館』に到着した。街がコンパクトにまとまっているため、観光のほとんどを徒歩で済ませることができそうなのは、お金の無いバックパッカーにはありがたい。

さて、ババ・ニョニャ博物館は博物館の名を冠してはいるが、実際には、内覧用に保護・開放された当時の貴族家系の邸宅である。なので、モデル・ルームを見るときのように、「もし私が住んだら、どんな生活になるだろう。」と想像しながら館内を物色してみると面白い。この部屋は作業に向いていそうだな、この階段は子どもには危なそうだな、などと見ていく間に、あることに気付いた。館内にある家具や食器など、すべて偶数個なのである。しかも、それらは必ず左右対称に配置されている。マラッカの混沌とした街並みと裏腹に、やけに秩序立ったインテリアはどうしてだろうか?―――黙考していると、館内の案内人と思しき初老の女性がうろついていた。やはり、わからないことがあれば、考えるよりも聞いた方が確実だろうか。

「シンメトリーにはどういう意味があるのですか?」

私がそう尋ねてみると、彼女は、「中国の文化では、偶数は縁起がいいのです。」と言った。私は、「そうなんですね。」と返しながら、そう言われても、どうしてまた奇数ではなく偶数の方が縁起がいいのだろう、というのが気になってしまい、釈然としない顔をしていると、続けて『Good things come in pairs』という言葉を教えてくれた。後で検索してみると、これは好事成双(よいことは対になる)という中国のことわざらしい。それを言われたところで偶数がチャイニーズラッキーナンバーたる所以はわからなかったが、この言葉はすこし気に入った。

ちなみに、といった調子で、彼女は私を奥の部屋に案内してくれた。後ろについて入ってみると、線香や壺などが飾られていて、葬儀用の部屋のようである。彼女が、「それぞれの道具はいくつありますか?」と言うので、指を指しながらいち、にい、と数えてみると、おや、ああ、なるほど。葬式のための道具にかんしては、全て奇数でなければならないらしい。


他にもいくつか寺社仏閣やカフェなどを観光して、夕暮れ前にマラッカの海辺へ向かった。目的は、海に浮かぶイスラム教寺院、マラッカ海峡モスクである。願わくば、「世界三大夕日」と言われるマラッカの夕日を背にしたモスクを、この目に収めたい。

モスクに入ろうとすると、受付の女性に"No"と言われた。私の膝下あたりを指差して、首を横に振っている。ああ、この手の宗教施設には、肌を露出していると入堂できないのを忘れていた。彼女は、しかし、公衆トイレの方を指差している。よくわからないが、「あそこのトイレに行け」的なことを言っている。

わけもわからないまま公衆トイレに向かってみると、クローゼットが備え付けられており、丈の長いローブがいくつかあった。なるほどこれを着ろということだったのか。ひとつ手にとって、広げたりひっくり返したりしてみる。しかしどうも着衣方法がわからない。私がしどろもどろしていると、マレー人風の男性が私に近寄ってきて、こうやるんだよと袖を通してくれた。ありがたい。いつも、誰かに助けられている気がする。

さて、無事にモスクにも入堂できた。あとは、夕日を待つだけ。海辺に、モスクと水平線とが見晴らせるいい場所があった。のんびり座って待つ。海峡から吹く海風が潮のかおりを運んできて、たまにあたる水しぶきが心地いい。クラシック・ギターで弾き語りをするマレー人の3人組や、サングラスをかけたヨーロッパ人風のカップル、中国・韓国・日本からのツアー客などが海辺に等間隔に座っていく。モスクが、徐々に朱色に染まっていく。砂に文字を書いている子どもも、その子を少し離れたところから見守る老夫婦も、少しずつその色に交わって、赤くなっていく。

悪くない。心地よくないはずは、ない。しかし、彼らの幸せそうな笑顔を見ながら、私は、いつの間にか腕を組んでいた。マラッカの美しい夕日が、水平線からこちらまで一筋に照らしているのを眺めながら、私はどうしてひとりでいるのだろう、と考えていた。


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そして、東南アジアでの最後の夜がやってきた。これまで、タイのバンコクから鉄道でハジャイへ向かい、そこからバスでマレーシアとの国境を越えて、マラッカまで南下してきた。この旅もとうとう終わる。こういうセンチメンタルな気分の時は、音楽を聴くに限る。私は、お昼から目をつけていたブルース・バー『ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ』に向かった。

このバーは、中国系のご主人に、ポルトガル系のご婦人の夫婦で経営しているという。マラッカらしい組み合わせだ、と思った。店内では、『ルート66』『スウィート・ホーム・シカゴ』などブルースのスタンダード・チューンがひっきりなしにかかっている。ひとりでしっぽり、と思いカウンターでギネスを頼んで飲もうとしていると、3つ隣の席に座っていたインド系の中年男性が手元にあったグラスをかかげて、「乾杯」のポーズをした。こちらも、「乾杯」と返して、ふたりしてゴクリと飲む。なんだか、飲み干してしまうのがもったいない気がしてくる。私は最後のビールの味を噛み締めて、グラスをテーブルにコトン、と置いた。

「なんでひとりで飲んでるんだ、こっちに来いよ。」

ひとりでしっぽり、とはならなかった。ジョージと名乗るその陽気なインド人は、私がどうしてひとりで居るのか気になる様子だった。ひとりで旅に出るのを思いついて、すぐ片道切符を買って、気付いたらここまで来ていた、ということを伝えても、やはりひとりで旅に出る、ということが解さない様子だった。

「だって、友だちと来た方が楽しいだろう?」

「ひとりも悪くないですよ。好きなところに行けるから。」

そう言ったあとに、もっと、たくさんあると思った。日本社会から文字通り離れることで、日本的な価値観であったり、生き方であったりを冷静に客観視できる。普段ならまわりの目を気にしてしまって出来ないことも、ほんのちょっとの勇気で挑戦できる。そして、必然的にひとりになる時間に、これまでの自分を反芻する。むしろ、そういった精神的な旅に出ていた時間の方が長かったのかもしれない。

私はジョージに、これまでの旅の話をした。バンコクで旧友と再会した話をすると「おいおい、奇跡じゃないか!」、クアラルンプールで唾をかけられた話をすると「俺がそばに居たらぶんなぐってやるのに!」などと、ひとつひとつ感情豊かに反応をしてくれるのが楽しくなって、ついつい話し込んでしまった。

「次は、友だちと一緒においでよ。みんなでパーティしよう!」

「じゃあ、100人くらい連れてくるよ?」

「そりゃ、多ければ多いほうが楽しい。」

そういうものだろうか。私には、その言葉は妙に印象的だった。


この旅を通して、たくさんの新しい自分と出会い、たくさんのこれまでの自分にも再会できた。それはもちろん、たくさんの人と出会い、たくさんの人と再会できたからだ。『好事成双』は、素敵な仲間を見つけること、なのかもしれない。

次の目的地は、台湾・桃園国際空港。

また、新しい出会いがあることを楽しみに。(終)

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第一話(旅行初日) ekanoh.hatenadiary.com

東洋のベニス(マレーシア・マラッカ)

クアラ・ルンプールからわずか10リンギット(≒250円)、バスで2時間ほど揺られれば、ほとんど一切のトラブルも無く、世界遺産・マラッカに到着した。

歴史上貿易港として栄えて来たマラッカには、マレー、インディア、中国に加えて、オランダ・ポルトガルなどヨーロッパの血も通っており、古くから人種のるつぼとなっている。それ故、仏教のお寺、キリスト教会、そしてイスラム教のモスクが街に同居しており、さらに、オランダ広場と呼ばれる広場の近辺ではヨーロッパ風の建築物も鎮座している。

あのフランシスコ・ザビエルも、この地で日本人の「やじろう」と出会い、日本にもキリスト教を布教させる運びとなったそうだ。マラッカは大航海時代の物流の拠点であり、人と人とが化学反応を起こす要地でもあった、ということだろう。

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マラッカには、文化の混沌がある。

私が居た9月9日は、中国系民族のハングリー・ゴースト・フェスティバルがあった。旧暦の7番目の月は、彷徨える魂のために食べ物や踊りを捧げるのだ。民族衣装を身に纏った舞人たちが街を凱旋していたが、太鼓のリズムがひと味ちがう。日本でも馴染み深い三・三・七拍子のリズムだが、それぞれの頭にハネた装飾音が入っており、シャッフル・ビートのグルーブになっている。

また、トライショーと呼ばれる観光客向けの人力車がある。何故だかわからないが、ハローキティ・ピカチュウ・ドラえもんなど日本を代表するキャラクターたちで絢爛に装飾されている。(そもそも版権は大丈夫なのだろうか。某ねずみは見かけなかったが、探せばいるかもしれない。)これがさらに、スピーカーでダンス・ミュージックを流しながら走り回るものだから、兎に角恥ずかしい。カンナム・スタイルはとりわけ耳に付く。


マラッカには、共有の文化がある。

ジョンカー・ウォークと呼ばれるチャイナ・タウンで、シンガポール由来のライス・ボールを食べていると、青年と相席をすることになった。すこし話してみると、青年はクアラ・ルンプールでビジネスを勉強している大学生だという。彼もタイやイギリスを始めいくつかの国に訪れた経験があり、旅先の話で思わず盛り上がった。ひと段落つくと、彼は、炒めたキャベツのような料理を私の前に差し出すと、半分どうぞ、と言った。

これは、美味かった。単に味が美味しかったという以上に、ひさびさに人と心を通わせた気分になったからだ。

「僕らは、共有する文化なんだ。」

私も、その文化にならって、手を付けていなかったチキンを差し出すと、彼は喜んでそれを頬張った。

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マラッカには、水がある。

食後しばらく辺りをぶらついて、街が次第に眠り始めたのを感じた私は、マラッカに流れる水路の傍に腰掛けた。ココナッツの甘ったるい匂いと、ほのかな磯の香りがしている。

そして、その水路を流れる水が、バンコクのチャオプラヤーのそれとも、ペナンのバトゥ・フェリンギのそれとも異なるのを見出した。無論、留学先だったイギリス・ニューカッスルのタイン・リバーのそれとも異なれば、学部時代に住んでいた京都の鴨川のそれでもない。

しかし、私はその川上に、これまで出会ったすべての人々の面影を投影してしまった。上流から、過去の思い出や経験が下ってくる。それらが今やマラッカに流れ着き、《いま・ここ》でしか体験できない刹那的な現象となって、目の前を流れていく。

――アウラだ。芸術家は、アートの複製・再現によって失われる部分を指してこの言葉を用いる。私は、これまでの経験が咀嚼され、思い出が浄化されていくその幽玄な映像を、ただ見守った。

ゆるい瞑想状態から抜けた後もぼうっとしていて、寝床でまた夢をみた。

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クアラ・ルンプールの打ち上げ花火(マレーシア・クアラルンプール)

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東南アジアの料理は、ふつうの日本人にとっては量が多いことも多いが、スパイスが効いているため、苦しみながらも平らげてしまう。食後、耳孔からポタポタと汗を落としながら、不必要なまでに甘味が効いたローカル珈琲「コピ」と、ココナッツ・アイスで口内を中和する生活にも慣れてきた。

ある晩、いつものように食事を取っていた折に、街に突然銃声のような〈破裂音〉が響いた。何ごとか、と驚いて飛び出すと、夜空に花火が打ち上がっていた。それは、確かに花火であった。しかし、あの花火―大きな花弁が、瞬く蛍光が、這い登る白蛇が、レイド・バックしたふくよかな爆発音が―とは全く異なり、打ち上げ花火としての必要十分な機能を有したのみの、である。適当な回数が打ち上がり、火花を散らしたのを見届ると、私と同様に足を止めて眺めていた人々は、片時の未練も表さず歩き始めた。

なるほどスパイスは効いているが、味も素っ気もない。

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都会に埋没して(マレーシア・クアラルンプール)

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クアラ・ルンプールは兎にも角にも都会だ。世界最大級のショッピング・モールに、世界最大級のツイン・タワー。各国の料理が集まるストリートに、世界中からの人びとが集う。ゴキブリまで無闇に大きいことさえ除けば、誰であっても日常生活に困ることは無い。

私は、ヘアサロンで散髪を済ました後、バックパックの千切れたファスナーを修繕屋で直して貰っている間に、猫のいるカフェ『VCR』にてブログのデザインをリニューアルした。そして、撮影スポットであるKLCC公園からペトロナス・ツイン・タワーを見上げ、屋台街アロー通りで夕食を取り、飲み屋街チャンカット・ブキビンタンで飲み歩いた。

なんだ、クアラ・ルンプールは0点だと思っていたが、思ったより悪くないじゃないか。

しかし、私は、焦っていた。ここでは、ありとあらゆる欲望を満たせる。良いものも、悪いものも、その機能に応じて、然るべき場所に収納され、パーツとして組み込まれている。全てが構造的に存在しており、そして、そうあるべきなのである。

――あなたには、何ができますか?

声が聞こえる。東京がそうするのと同様に、クアラ・ルンプールも、私の背中を小突いてきた。

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クアラ・ルンプールでは、眉に唾を付けよ(マレーシア・ペナン)

ペナン島の中心、ジョージ・タウンの最大とも言える特徴は、街の至る所で遭遇するストリート・アートであろう。

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ほとんどのイラストは、街の小道具をそのまま活かし、壁中と壁外の世界を結ぶように描かれている。したがって、ジョージ・タウンとこれらのアートに垣根は存在しない。次元を越境したひとつひとつのイラストから発せられた芸術のにおいは、街全体にまで行き渡り、ほの薄く漂っている。

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ジョージ・タウンのストリート・アートは、徒歩で巡るのがよい。都市芸術の世界にどっぷりと浸かり、想像力の栄養を補給することができる。私はギリギリまでペナンを堪能し尽くし、いよいよクアラ・ルンプール行きのバスに乗り込んだ。


クアラ・ルンプールまで、6時間。バスは、ダブル・デッカーで一人当たりの座席も広く、贅沢だった。しかし、寝ても寝ても、どうしても時が進まない。話し相手はーー乗客はみな、スマートフォンとにらめっこしている。私は、ツマブキのミニバスで味わった相乗り客との妙な一体感を思い出し、この整然と隔絶された空間が奇妙に思われた。

数回ほどバスが停車することがあったが、乗客の乗降場か、トイレのみの殺風景な休憩所で、やはり暇を持て余した。たまに車窓から外を見やっても舗装された道路が続くのみである。とうとう視界に考える種が無くなると、キャリア・プランなどの俗世の思考が図らずとも去来してきたが、旅先で過去や将来を思い悩むことなど野暮だと感じ、アイマスクをして、音楽を聴いた。『Put Your Records On』は、私の乱れた思考をよく満たしてくれた。

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クアラ・ルンプールに降り立ち、地図を見てチャイナ・タウンを探していると、バックパッカー風のイギリス人女性に声をかけられた。

「ねえ、どこへ行くの?」

「チャイナ・タウン」

「わお、近い。タクシーに折半で乗らない?」

私たちは、すぐにそれぞれタクシーを探し始めた。タクシーの料金をシェアできれば、随分と節約になるのは明らかなのだ。すると、キョロキョロしているのを見付けてか、インド系のタクシードライバーが彼女に声をかけた。

「タクシー?」

「そうよ。チャイナ・タウンのあたりまで。」

「20リンギット」

「うーん。こないだは10リンギットだったわ。」

彼女が値段交渉を始めたところで、私も相乗りをしていいものか尋ねるため、駆け寄って会話に割り込んだ。

「あのう」

「あ?お前、なに?こちとら商売中だ。部外者は邪魔するな。」

む?様子がおかしい。ドライバーが、にじり寄ってくる。

「あのう、そうじゃなくて」

私が事情を説明しようとすると、彼は深く息を吸い、ブーーッ!という大きな音を立てて私の顔面に唾を吹きかけた。彼女が目を見開いて驚いていると、ドライバーは歩み去っていった。

「何、あれ!?頭おかしいんじゃないの!?」

彼女は苛立ちを隠せないでいる。私は、心配させまいと泰然とした表情をしてみせる。しかし、顔がくさい。しばらくして別のタクシーを呼び止め、私たちは事無きを得ることができたが、彼女は私の代わりにいつまでもプンスカ怒っていた。そこまで怒ってくれると、こちらの怒りも収まるというものだ。顔がくさいのは収まらない。


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彼女と別れ、チェックインと洗顔を済ませたあと、ホテルの近場のマレーシア料理屋に入った。私が先ほどのトラウマを振り払うようにナシ・ゴレンを掻き込んでいると、「相席していいか?」とインド系の男性に尋ねられた。

――また、インド系か。しかし、他に席も無いようだったので、仕方なく着席を促した。

彼は座るや否や、「チャイニーズ?」と話しかけてきた。

ああ、めんどくさそうなのに引っかかってしまった、と思いながらも「ジャパニーズ」と返すと、彼は突然嬉しそうな顔をして、「アリガトウゴジャマス。オゲンキデスカ。」と、日本語をまくし立て始めた。海外の人はたまにこういうことをするが、どう対応すべきか未だによくわかっていない。

「どこで日本語を覚えたんですか?」

いちおう、聞いてみる。

「日本人の友だちに教えてもらったんだよネ。コンニチハ、コンバンハ。サイトウタカシ。カトウサオリ。」

誰だ、そいつらは。

「ニッポンハ、サイコウノ、クニデス。」

「日本にいらっしゃったことがあるんですか?」

「えーと行ったことはないネ」

・・・。今のところ、クアラ・ルンプールは0点である。

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私たちは、人を変えることはできません。(マレーシア・ペナン)

汗臭くなった衣類をコイン・ランドリーにかけながら、『Mug Shot Cafe』で旅行記を一筆書いた。 愛想のいい店員にサーブされたアイス・カプチーノにベーグルが付いて、これ以上心地よい朝食があるだろうか?

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さて、どこへ行こう。ホステルで頂戴したマップを眺めると、ストリート・アート、ビーチ、植物園、寺社仏閣、カフェ、パブ―――ペナンでは、石を投げれば観光地に当たるようだ。風まかせに進めばいいと踏んだ私は、チュリア通りのレンタカーでモーター・サイクルを借りて島を回遊することにした。

一応、日本の運転免許証の提示を求められたが、ほとんど大した手続きもなく、スクーターを借りることができた。お天気がよろしいので、まずはビーチを目指そう。とはいえ、2輪は殆ど運転経験が無いため、まずはジョージ・タウンでしばらく運転してみることにした。

さし当たって、前方を走っていたバイクの後ろについていく。すると、私は今、一方通行の道路を逆走している。これは、どういうことだろうか。動揺していると、先のバイクは対向車をすいすいと避けながら、彼方に消え去ってしまった。

私は、ペナンの交通事情を甘くみていた。とにもかくにも、この状況から脱せねばならない。スクーターを止めてキョロキョロしていると、なぜか背後からクラクションが鳴った。後方から中型バイクが1台、ほとんど対向車をすれすれのところを攻めながら風を切って抜き去っていった。こいつもか。一方の私は、臆病風を吹かしていた。

一方通行を脱出したあとも、ほとんどマリオ・カート同然の悪魔的運転にはしばしば悩まされた。しかし1時間ほどもジョージ・タウンを回走していると、ある程度のコツが掴めてきた。そろそろ、ペナン・ドライブを楽しめるはずだ。大丈夫、ビーチへ向かおう。

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『バトゥ・フェリンギ・ビーチ』の標識だけを頼りに、海辺へ。海岸が近付いてくると、道も広くなり交通量も減ったため、小気味よく走行できた。よし、このまま、とスピードを出していくとーーーチュルルル、と音がした。左側のサイドミラーが180度回転している。はあ、畜生。手で強引に回せば元に戻ったが、サイドミラーはその後も定期的に、対向車に目潰しを食らわせる魔のアイテムと化すことになる。

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バトゥ・フェリンギ・ビーチはたしかにそれなりに美しいビーチだったが、数十分も佇んでいたら、満足してしまった。男性のひとり旅には大して向かない場所なのかもしれない。ふうむ、どうしようか。そういえば、昨日、松山と一緒に居た現地人が『極楽寺(Kek Lok Si)』という寺院に訪れるよう勧めていた。ならば、と私が背を向けて歩き始めると、波音はあっさりフェード・アウトした。


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小高い丘に聳え立つマレーシア最大の寺院・極楽寺に向かって走り始めると、その麓に30分ほどで到着した。中心の仏塔は、下層が中国式、中層がタイ式、上層がビルマ式、という文化が同居した風変わりな構造をしている。さあ、どうせなら、てっぺんまで登ろう。そう決めて、入山した。ほどなくして本殿にたどり着くと、坊主が経典を唱えている。そこでは、観光客と見受けられる女性が、対座してお祈りをしていた。

女性を注意深く観察していると、日本式の御参りとも、タイでBellaに教わったお祈りとも、やや異なって見える。職員の女性に「あれはどうやっているのですか」と尋ねてみると、彼女は読んでいた教典をゆっくりと閉じて、こちらを見やり、口を開いた。

「まず、膝を付きます。」

私は、はい、と言いながら紙と鉛筆を取り出して、彼女の言葉を書き留め始めた。

「合掌を作り、こうべを垂れて、手で三角形を作りながら、また顔を上げます。そして三回、座礼を行います。顔を上げる前に、手のひらを表に返して、願掛けを行ってください。それでまた、最初の礼を繰り返して、終わりです。」

簡単に、『礼(合掌→三角)・座礼×3(裏→表)・礼(合掌→三角)』などと記して、質問した。

「手の三角形はどういう意味ですか?」

「三角形は、左目、右目、そして第三の目を表します。私たちが両眼で見ているものは、真理ではありません。本当の智慧は、ここにあるのです。」

と言いながら、額の中心あたりを指差している。

「たとえば、どういうことを祈るのですか?」

「美人になりたいとか、有名になりたいとか、物質的なものは祈りません。仏道を成ずるために行います。私たちは、人を変えることはできませんが、仏陀が拓いた道を辿っていくことで、自分は変えられるのです。ところで――」

そう言いながら、彼女は私が取っていたメモの上に手をかざした。

「書き記すのを、やめて下さい。聞かれたから答えましたが、私はまだ、仏道の100%の理解者ではありません。誤った知識を信じたり、あるいは人に説いたりしないことです。本当に知りたいなら、教典をあたると良いでしょう。」

思わず、背筋が伸びた。あるいは私は、彼女に質問をすることで、仏道を理解したつもりになろうとしていたのかもしれない。浅はかな考えを見破られたような気持ちになると同時に、仏教思想というものに改めて強い興味を惹かれた。

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極楽寺の頂上には、高さ30mにも及ぶ観音菩薩が佇立していた。私はある種の諦念にも似た感情を覚えながら、呆然と立ち尽くしてしまった。

下山した後もしばらく、経典を唱える声が耳から離れなかった。

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